大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)7858号 判決
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【判旨】
一原告は、原告建物を所有していること、原告建物の一階ないし三階部分は一棟の建物のうち三階ないし五階部分に相当すること、被告は、昭和五五年一二月一日から原告建物のうち本件建物を右一棟の建物の一階で営業する中華科理店の宴会用座敷として使用し、占有していることは当事者間に争いがない。
二本件建物についての賃貸借契約の成否について判断する。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、原告建物に居住していたが、昭和五五年二月ころ奈良県に引越して以来右建物は空家となつていた。被告は、昭和五二年ころ、一棟の建物の一階部分を所有者の馬場重雄から賃借し、これを使用して付近の被告所有建物で営んでいた中華料理店の支店としての営業をしていた。
2 原告の妻馬場和子は、昭和五五年一一月末ころ、被告代表者築井一夫から、電話で、一棟の建物の三階、四階部分に当る本件建物を同年一二月と昭和五六年一月の二か月間だけ忘年会、新年宴会の会場用に使用させてほしい旨の申込みを受けた。原告は、当時、一棟の建物の一、二階部分とその敷地の所有者馬場重雄との間で原告建物を売却する交渉をしていたが、右交渉には少くとも二か月間はかかると考えていたところから、被告の右申込に応ずることとし、妻和子に被告との交渉、契約締結を一任した。そこで、和子は、昭和五五年一二月一日、被告代表者築井と話合い、使用料は築井の申出に従つて一か月一〇万円と定め、原告が被告に対して同年一二月と昭和五六年一月の二か月間に限り本件建物を宴会場用に使用させることを合意した。被告は、原告に対し、右使用料として、昭和五五年一二月一日の合意成立時に一〇万円、昭和五六年二月一日に一〇万円をそれぞれ支払つた。
3 馬場和子は、昭和五六年一月末ころ、築井一夫から、電話で本件建物の使用についての謝礼の言葉を受け、被告から二、三日後に本件建物の鍵の返還を受ける旨を約束した。ところが和子は、その後に被告側から電話であと一か月だけ本件建物を使用させてほしいとの申出を受けたので、同月末ころ、被告方に出向いて築井と話合つたところ、同年二月から一一月までの間も月一、二回は必要となるので本件建物を使用料一か月四万円で宴会場用に使わせてほしい、同年一二月と昭和五七年一月は従前通り一か月一〇万円の使用料を支払う旨の申入を受けた。和子は、本件建物を同年一月末日までは被告に使用させてもよいと考えて築井の右申入を承諾したが、その際、築井に対し、本件建物を含む原告建物については売却の話が続いているので、この話がつけばいつでも原告の申入により本件建物を明渡してほしい旨を申入れ、築井もこれを了承した。
4 被告は、昭和五六年一〇月ころ、本件建物の壁のゆりかえ、畳の表替、ふすまの張替等をして宴会場として使用できるようにしたが、大規模で費用のかかる工事をしたわけではなかつた。
5 被告は、本件建物の使用中は原告に対し、その請求に応じて使用料として定められた金額のほか本件建物の電気、水道、ガス、電話等の料金を支払つていた。原告は、馬場重雄に対し、その請求に応じて原告建物の電気、水道等の料金のほか、地代として昭和五五年当時は一か月二万八〇〇〇円、昭和五六年一月からは一か月三万八〇〇〇円、昭和五七年一月からは一か月四万五〇〇〇円を支払い、さらに原告建物の固定資産税、都市計画税として昭和五五年度は四万七七七〇円、昭和五六年度は四万八二六〇円、昭和五七年度は四万八〇六〇円を支払つた。
6 原告は、昭和五七年三月ころ、被告に対し、本件建物の返還を申入れるとともに、引続き使用を希望するなら敷金一〇〇万円、賃料一か月一〇万円とし、正規の賃貸借契約書を作成してほしい旨をも申出たが、被告はこれを拒否した。
以上の事実が認められ、被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右できる証拠はない。
右事実によると、原告、被告間には、昭和五五年一二月一日、原告が被告に対して本件建物を同日から昭和五六年一月末日まで二か月間賃料一か月一〇万円で賃貸する旨の賃貸借契約が成立し、さらに、同月末ころ、右賃貸借期間を昭和五七年一月末日まで一年間延長し、賃料を昭和五六年二月一日から同年一一月末日までは一か月四万円、同年一二月一日から昭和五七年一月末日までは一か月一〇万円とする旨の契約が成立したものと認められる。
原告は、原告、被告間の契約は使用貸借契約である旨主張するが、右認定の事実によると、原告が被告から支払を受ける使用料額は、原告が地主に支払う地代や本件建物の公租公課の額に対比すると適正賃料額より相当低額で、原告にとつてさしたる利益を生じないものであるが、右使用料は、単なる本件建物の維持、管理費というわけではなく、本件建物使用の対価としての性質を有するものと認められるから、原告の右主張は理由がない。
また、右事実によれば、原告、被告間の賃貸借契約は独立の建物である本件建物を対象とするものであるから、右契約が一種の貸座敷契約で建物の賃貸借契約でない旨の原告の主張も採用することができない。
三ところで、前記二で認定した事実によると、原告、被告間の本件建物の賃貸借契約においては、もともと当初は昭和五五年一二月と昭和五六年一月の二か月間の年末年始の宴会のための使用を目的としたものであり、その後右期間を廷長した際にも、当事者間では本件建物について原告が他に売却する交渉を継続中であつて早期に明渡を必要とする事情にあることが十分了解されていたのであり、しかも、次の忘年会、新年宴会とその季節までの一時的な宴会用の使用を目的とするものであつて、次の年末年始の季節経過後についての使用まで予測しておらず、そうであるからこそ契約書の作成、敷金、保証金等の授受もせず、被告としてもひんぱんな使用を予定していなかつたし、原告としても売却交渉中の一時的な使用ということから好意的に通常に比して極めて低額な賃料で使用を承認したものであるから、右賃貸借契約は昭和五七年一月末日までの期間を限つて存続させる趣旨のものであることが客観的に明らかであるというべきであつて、一時使用のためのものであると認めるのが相当である。
そうすると、本件建物の賃貸借には借家法の規定の適用はなく、右賃貸借契約は、昭和五七年一月末日、期間の満了によつて終了したものというべきである。 (山本矩夫)